「ラオスの野生象の危機」 


 代表理事の冨永幸子です。

 ラオスでは、今年は4月14日から16日までがお正月休みになります。会社などは、実質、9日(金曜日)から18日(日曜日)まで10日近く、休みのところが多いようですし、また、官庁は正月3ヶ日以外は休みではありませんが、出勤する人は少ないようです。去年は政府から自粛要請が出て、静かなお正月だったようですが、今年は、伝統にのっとった正月行事(お寺にお参りとか)は良いが、水のかけ合いや、コンサート・美人コンテスト・パレード等は行わないように警察が厳しくとりしまるようです。

 以前、日本とラオスの友好のシンボル事業として、ラオスから京都市動物園に貴重な子どもの象4頭が贈られたことがありますが、「ラオスの野生の象」の現状についてお話します。

 ラオスは、14世紀半ばから18世紀初頭まで「ランサーン王国」が存在していました。「ランサーン」というのは、ラオ語で「百万頭の象」という意味です。それほど象が多かったわけですが、現在は野生の象の数が激減し、保護に携わる関係者は、危機感を抱いています。現在、ラオス国内に生息する野生の象は300頭~500頭と、ラオス林野局は見ていますが、動物保護団体では、300頭以下ではないかと見ています。今後、個体調査をして、野生象の正確な頭数を把握する予定だそうです。飼育象は420頭います。

 象のオスは生後14 – 15年で性成熟します。メスは生後17 – 18年で初産を迎える象が多いそうです。妊娠期間が23か月間だそうですので、出産まで2年近くかかります。京都市動物園に寄贈されたのが、オス1頭とメス3頭で、お互いの相性もあるようですから、うまくマッチングするかは今後の課題です。ちなみに象の寿命は60 – 80年と考えられています。

 野生象の数が激減してしまった理由をWWF(世界自然保護基金)の研究員 ミア・タカイ・サインズさんにお聞きしたところ、一番の原因は、象が住んでいた森が耕作地に変わったり、水力発電のダム開発によって森が失われたことによるそうです。また、焼き畑によって餌が少なくなり、餌を求めて人里に出てきて作物を食べ荒らすので、住民が殺処分したりすることも、大きな理由で、最近も2頭の野生象が殺処分されてしまったそうです。1950年代には、ラオスの国土面積の70%ほどを森林が占めていたそうですが、1990年代には50%を切ってしまいました。ラオス政府は、2025年までに森林率を再び70%に回復させる目標を立てています。野生象は1日に体重の10%の食糧を食べるそうです。野生象の平均体重は、オスで4トン、メスで3トンくらいですから、1頭につき1日に300~400kgの食糧が必要です。

野生象(写真提供:WWF)

 WWFでは、象が人里に出ないように農民にミツバチの飼育を進めているそうです。というのも、象は蜂が大嫌いで、蜂がいると逃げるからです。また、象の嫌いなレモンやトウガラシのような野菜を植える試みがインドで成功しているので、それらを植えてみたり、象を追い払うための「ピンポン爆弾」も、今後導入が予定されています。「ピンポン爆弾」というのは、ピンポン玉に唐辛子の粉を入れたもので、エアーガンで撃って象に当たると、象は唐辛子の粉が目や鼻に入るのが嫌で逃げるそうで、アフリカで取り入れている方法だそうです。

 野生象が生きていくための環境を取り戻す活動も、行われています。林野局では、全国に25カほどを野生動物保護区に指定し、人が立ち入らないようにして、象をはじめ希少動物の保護を行っています。野生象の主な生息地は、ラオス北西部、メコン川西岸に位置するサニャブリ県や、ベトナムとタイに挟まれたラオス中南部、そしてカンボジアとの国境近く、ほかには、ラオス北部のベトナム・中国との国境近くなどです。中でも、2011年にサニャブリ県にできたECC(民間象保護センター)では、現在、34頭の象が保護されていますが、オスが少なく繁殖に苦労しているようです。また、センターに併設されたラオスで初めてとなる象専門の病院では、保護されるまでに象が受けた過重労働や、様々なストレスからの疲労回復や心の傷を癒す活動にもあたっています。さらに、保護センターでは、運営費用や、象使いの生活扶助のために「エコツアーキャンプ」も実施しています。保護センター内にある宿泊施設に泊まりながら、象の生活リズムや要求に、人間が合わせることで、象をゆっくり観察することができます。観光地では、よく「象乗り」体験をすることができますね。私もお話をお聞きするまで知らなかったのですが、象の背中に鞍やいすを設置して人間を乗せるのは、背骨に当たって痛いそうで、とても苦痛なのだそうです。観光客向けのショーなどがあるのではなく、象の生活に寄り添う体験ができます。センターには、過重労働から保護された象もいます。

 私もかつて目にしたことがあるのですが、2001年、当会が、サニャブリ県のヤイ村に小学校を建てた時、完成式に出席するときにヤイ村は山の上なので、ふもとで1泊するのですが、ゲストハウスが1軒しかなく、夜中にネズミがちょろちょろしてとても怖かったことがあります。ヤイ村へ行く途中で切り出した丸太を運び出している象にも出会いました。20年前のことですが、当時のサニャブリ県には、働いている象がまだいました。同じくサニャブリでは、観光収入を目的とした「象祭り」が、毎年2月、3日間にわたって開催され、観光客がたくさん来ます。コロナ禍の今年は1日に短縮しての象祭りでした。

 象牙の違法取引を目的とした密猟による被害は、アジア象ではないようです。 密猟の対象となっているのは、アフリカ象だそうです。アジア象は牙が短く、また、メスのアジア象には牙がないため、密猟の被害は少ないそうです。ただ、アジア、特に東南アジアは、環境の変化に伴う生物多様性の危機が、最も深刻だそうです。ラオスには、WWFやECCのほかにも、WCS(野生動物保護協会)、アノラック(保護のラオ語)協会、IUCNなどの民間団体が野生動物保護活動をしています。野生動物の個体数の回復や、地域住民の環境保全意識の向上、住民の持続可能な生計の維持など、活動は多岐にわたります。また、次世代の動物が繁栄できる場所を確保するため、団体によっては、土地を購入しているところもあります。

 今回お話を伺ったミア・高井・サインズさんと知り合ったのは、偶然でした。ラオスに入国して、2週間の隔離のため、空港から専用のバスに乗ってホテルに向かうとき、バスでご一緒だった方が、WWFの専門家で、アメリカ人のミアさんをご紹介下さったのです。ミアさんのお母さんは日本人で、現在日本にお住まいとのことです。しかも、そのWWFの専門家の方にも、実は10年前に、一度お会いしていたことが分かりました。人の出会いって、何がご縁になるか分かりませんね。