古都ルアンパバーンのモン族の少女

 

代表の冨永です。

ラオスにはユネスコ世界遺産に認定された所が3カ所あります。

1995年12月9日に最初に認定されたのが、北部にある古都ルアンパバーンで、今年で25年になります。ルアンパバーンは14世紀にファーグム王によって建国されたランサーン(百万頭の象の意味)王国で、1560年にセーターティラート王が現在の首都ビエンチャンに遷都するまで、ランサーン王国の王都でした。遷都後もファーグム王がカンボジアから持ち帰ったとされるスリランカの小さな83cmの仏像は残されていたので、シェンドーンシェントーンという地名が以後ルアン(都)パバーン(仏像)と改称されました。

古都ルアンパバーン・プーシーの丘からの眺め

ルアンパバーン市内の33カ村が世界遺産に認定されて、60以上のお寺と3000人の僧侶が住んでいます。

お正月に年1回だけ公開されるルアンパバンの秘仏

木造の伝統建築の建物やフランス植民地時代のフランス風の建物も多く残っていて、古都の風情を色濃く残していて、まるでおとぎの国のような感じがします。

地元の人に会えるのはナイトバザールや朝市でしょうか。

ナイトバザールではモン族の手芸品がたくさん売られています。

モン族はとても器用で、刺繍を得意としています。

モン族の刺繍

20数年前にモン族の10歳くらいの少女イエンちゃんとナイトバザールで出会いました。

私はベッドカバーを探していて、私の好みのものがなかったので、あきらめかけたら、イエンちゃんが、片言の日本語で、明日来てくれたら仕上げて持ってくる、というので、次の夜出かけると、チャ~ンとありました。家族中で刺繍をして一晩で仕上げてくれたのです。

兄弟姉妹は12人、手はたくさんありますと。

彼女の生い立ちも話してくれました。小学校は途中までで、お母さんの手伝いで家からナイトバザールまで毎日1時間歩いて、売り子をしていたそうです。日本人のお客さんが来るたびに友達になり、独学で5年間勉強して、日本の旅行会社がLPに支店を出すときに雇ってもらいました。それから2年間日本文化や歴史を勉強して、18歳の時にガイド試験に受かり、日本語ガイドをしています。19歳で結婚して今は10歳の長男龍太(りゅうた)君と3歳の長女さとみちゃんがいます。実は私が2人の子の名付け親です。長男には龍の名前が希望でしたので龍太、さとみちゃんは104歳の母と同じ誕生日でしたので、母の名前を付けました。長寿にあやかりたいと喜んでもらえました。

イェンちゃんの家族

今年は観光客も来ないので仕事がなく、旅行会社も閉鎖され、仕事がありません。

今は自給自足で節約し、常のように庭の果物、野菜を育て、鶏を飼い、コロナ禍が終わるのを待ちます、と。

でも時間ができたので、1時間30分かけて電気も去年来たばかりの生まれ故郷の山の中のヌドム村へ車で行ったり、ビエンチャンにも行ってみたいと。

良いニュースもあります。12月20日にビエンチャンからバンビエンの109Km に高速道路が開通し、今まで車で5時間かかっていたのに2時間で行かれるようになり、ルアンパバンへ陸路で行くにも短縮されました。制限速度が乗用車は山中は80Km、街中は110Km、片道料金はおよそ60,000キップ(650円)です。

また、1年後にはビエンチャンからルアンパバーンを経由して中国の昆明(こんめい)まで鉄道が開通します。コロナ後はたくさんの観光客でにぎわうことでしょう。